ジュネーブ・シールは、機械式時計の品質において歴史のある独立認証制度の1つです。
最も希少価値の高い認証制度ともいわれており、その紋章が刻印されたモデルは多くの時計ファンの憧れでもあります。
そんなジュネーブ・シールとは具体的にどういったものなのか、認定基準や認定されているブランドをわかりやすくご紹介します。
また、時計のムーブメントの精度規格で最も有名なC.O.S.C.(スイスクロノメーター認定)との違いについても解説するので、ジュネーブ・シールの理解を深めたいという人は、ぜひ最後までお読みください。
目次
ジュネーブ・シールとは
ジュネーブ・シールは、1868年にスイス・ジュネーブ州によって制定された「ジュネーブ天文台の時計作動検査に関する法律」に基づくムーブメント規格です。
ジュネーブ州内で製造された機械式ムーブメントの製造技術保護を主な目的としています。
また、大まかに言うと、次の2点においてC.O.S.C.など他の規格とは異なる特徴を持っています。
- ①精度や耐久性といった実用性よりも、伝統的技法と美観(仕上げの美しさ)を重視している
- ②ジュネーブ州内ですべて完全に製造されたムーブメントしか対象にならない
もう少し詳しく説明しましょう。
①は使用する部品に制限を設ける、歯車やネジなどの各部分にポリッシュやヘアラインといった仕上げ方法を指定するなど、12項目にも及ぶ独自の基準を設定しています。
②はジュネーブ州内に拠点を置く企業で、さらにすべての部品製造から組立作業までをジュネーブ州内で完結させたムーブメントしか対象になりません。
そのため、ジュネーブ・シールは極一部のブランドしか取得できない特別な称号として、古くから時計業界でその名を轟かせています。
ジュネーブ・シールの精度基準は?
ジュネーブ・シールは、かつて検査期間を25日(600時間)に設定していました。
これはC.O.S.C.の検査期間が15日(360時間)であるのと比較しても、より厳正かつ多角的な方法で検査が行われていたことがわかります。
しかし、もともとジュネーブ・シールには精度に関する基準は一切ありませんでした。
にもかかわらず、メーカーが希望すれば無条件でクロノメーター証明書が発行されていた時期もあり、これは「手間をかけているから精度が良くて当然」というジュネーブ州の方針によるものだったといわれています。
そんなジュネーブ・シールも時代の流れとともに変化し、特に2006年からTIMELAB(タイムラボ)という非営利団体が新たにジュネーブ・シールを管理・運営するようになってからは、C.O.S.C.の取得が強く推奨されるようになりました。
2013年には新しいジュネーブ・シールが発足すると、独自の精度基準も設けられ、C.O.S.C.取得後のムーブメントにもダブルチェックが課せられるようになっています。
その具体的な内容は、TIMELABの認定を受けた検査装置を用いてケーシングされた状態の分針の動きを撮影するというもの。
誤差は7日間でプラスマイナス1分以内と定められています。
ちなみに、精度だけでなく、防水性やパワーリザーブなど各種性能に関わる規定も追加されています。
ジュネーブ・シールの日差基準は?
先述のとおり、ジュネーブ・シールでは2006年以降C.O.S.C.の取得が強く推奨されるようになりました。
また、C.O.S.C.取得後のムーブメントにもダブルチェックが課せられるようになっています。
以上のことから、ジュネーブ・シールの日差基準はC.O.S.C.より厳しいか、少なくとも同等といえるでしょう。
仮にC.O.S.C.と同等だとすれば、その日差基準はマイナス4秒~プラス6秒(2cm以下のムーブメントはマイナス5秒~プラス8秒)の範囲内です。
ちなみに、C.O.S.C.認定試験は以下の条件で行われます。
- 5姿勢(文字盤上・文字盤下・6時上・3時上・9時上)
- 3温度(8・28度・38度)
これらの平均日差が上の範囲内であれば合格とされています。
ジュネーブ・シール認定ブランド
ジュネーブ・シールは、特に伝統的技法や美観に関して厳しい基準を設けています。
しかも、生粋のジュネーブ製でなければならないため、過去も現在もジュネーブ・シール認定を受けているブランドはほんの一握りしかありません。
現在、ジュネーブ・シール認定を受けているのは以下の6ブランドです。
- ロジェ・デュブイ
- ヴァシュロンコンスタンタン
- ショパール
- カルティエ
- ルイヴィトン
- アトリエ・ド・モナコ
ちなみに、ジュネーブ・シール認定ブランドの中に「世界五大時計」に数えられるオーデマピゲ、ブレゲ、A.ランゲ&ゾーネの名前はありません。
これらは製造場所がジュネーブ州内ではないため、そもそもジュネーブ・シールの対象にはならないブランドです。
次の項目からは、ジュネーブ・シールの認定を受けた時計の数が多い3ブランドと、過去に認定ブランドだったパテックフィリップについて解説します。
ロジェ・デュブイ
ロジェ・デュブイは1995年にジュネーブにて創立。
100年以上が当たり前のスイス時計業界においては、まだまだ歴史の浅いブランドです。
ロジェ・デュブイは、初代モデルから一貫してジュネーブ・シールを取得しています。
当時、すべてがジュネーブ・シール取得というブランドは他にありませんでした。
新進ブランドでありながら、時計の歴史に敬意を払うものづくりの姿勢が高く評価されています。
代表的なコレクションには「伝説の剣」を意味する名がつけられた「エクスカリバー」、エレガントかつラグジュアリーな雰囲気が魅力の「モガネスク」などがあります。
ヴァシュロンコンスタンタン
ヴァシュロンコンスタンタンは1755年にジュネーブにて設立。
パテックフィリップ、オーデマピゲと並んで「世界三大時計」に数えられるブランドです。
世界最古の時計ブランドとしても知られ、古くはヨーロッパやエジプトの王族・貴族からも愛されるなど輝かしい歴史を誇っています。
伝統的な職人技と最先端の技術を融合させた時計づくりが特徴で、精緻に仕上げられたダイヤルやムーブメントは芸術品とも評されるほどです。
そんなヴァシュロンコンスタンタンは、以下のコレクションの中でジュネーブ・シールを取得した時計を多数展開しています。
- オーバーシーズ
- フィフティーシックス
- パトリモニー
- トラディショナル
ジュネーブ・シール取得済みで特に人気のモデルといえば、以下の3つがあげられます。
- オーヴァーシーズ・オートマティック/Ref.4500V/110A-B128
- フィフティーシックス・コンプリートカレンダー/Ref.4000E/000A-B548
- パトリモニー コンテンポラリー/Ref.85180/000G-9230
ショパール
ショパールは1860年にスイス・ジュラ地方のソンヴィリエにて創業。
ジュエリーで有名なショパールですが、創業者のルイ ユリス・ショパールが弱冠24歳にして自身の時計工房を立ち上げたのを起源とする由緒正しい時計ブランドです。
現在時計は300近いモデルを展開しており、その中でジュネーブ・シール取得済みのモデルは20以上です。
オーデマピゲの「ロイヤルオーク」をはじめ、近年ラグスポ(ラグジュアリースポーツ)に分類される時計が注目されていますが、ショパールの「アルパインイーグル」もその代表格と呼べるほど人気があります。
アルパインイーグルでは、以下の2モデルがジュネーブ・シールを取得しています。
- アルパイン イーグル 41 XPS/Ref. 298623-3001
- アルパイン イーグル フライング トゥールビヨン/Ref. 298616-3001
【パテックシール】独自規格のパテックフィリップ
パテックフィリップは1839年にジュネーブにて創業。
アントワーヌ・ノルベール・ド・パテックと、フランソワ・チャペックという2人のポーランド人が時計工房を立ち上げたのが始まりです。
パテックフィリップは、創業時から丁寧な仕上げにこだわるブランドでした。
それは、過去のパテックフィリップのすべての機械式ムーブメントにジュネーブ・シールの刻印があることが何よりの証拠といえます。
しかし、創業から170年経った2009年にジュネーブ・シールをやめ、独自規格の「パテックフィリップ・シール」を新たに採用しています。
「完全なるマニュファクチュール」を掲げるパテックフィリップは、かねてからムーブメントをはじめ、ケースやほぼすべての外装部品さえも自社で製造していました。
また、品質基準とは本来ムーブメントだけでなく、完成した時計全体に適用されるべきという信念も持っていました。
パテックフィリップ・シールは、それら事実を明確に示すために実現されたものといえるでしょう。
パテックフィリップ・シールは、同社が誇る全機械式時計の以下のパーツの美的外観や機能について評価対象にしています。
- ムーブメント
- ケース
- 文字盤
- 指針
- プッシュボタン
- バネ棒など
ちなみに、ムーブメントの精度については、日差マイナス1秒~プラス2秒を認定基準に定めています。
ジュネーブ・シールの刻印場所はどこ?
ジュネーブ・シールを取得した時計は、ムーブメントの受け(ブリッジ)に刻印が施されています。
シースルーダイヤルやシースルーバックの時計では、意図的に外側から見える位置に刻印があることも。
時計によっては、ケースの外側に刻印が見られるものもあります。
ジュネーブ・シールの刻印は、ブランドにとっても時計のオーナーにとっても重要な意味を持つもので、一種のステータスとして認識されている側面もあります。
ジュネーブ・シールとC.O.S.C.の違い
ジュネーブ・シールとC.O.S.C.はそれぞれ異なるムーブメント規格であり、定められた目的からして違うものです。
ジュネーブ・シールはジュネーブ州内で製造された機械式ムーブメントの製造技術保護が目的であるのに対し、C.O.S.C.はスイス時計全般のムーブメントの地位や信頼性の確保が目的となっています。
以下は、両者の違いを具体的に示したものです。
ジュネーブ・シール | C.O.S.C. | |
---|---|---|
製造場所の指定 | ジュネーブ州内 | スイス国内(スイス国内であれば場所を問わない) |
重視している点 | 伝統的技法・美観 | 精度などの実用性 |
対象となる時計 | 機械式腕時計のみ | 機械式腕時計・クォーツ腕時計・懐中時計・機内計器・持ち運び用クロック |
年間合格本数 | 約2.4万本 | 約160万本 |
以上のことから、ジュネーブシールは高級機械式腕時計に特化しながら、さらに極めて限定的な規格であることが明らかです。
一方、C.O.S.C.は、スイス時計全般に広く開かれた規格といえるでしょう。
ただし、C.O.S.C.は”嗜好品”的要素が強い機械式腕時計にとっては、合格してもその数が多いだけに「付加価値」という意味ではあまり魅力的ではないのかもしれません。
実際、機械式腕時計は近年高精度化と検査本数の増加によって、C.O.S.C.に合格する個体の数も増加傾向にあります。
ジュネーブ・シールの紋章にはどんな意味がある?
画像引用:ショパール公式HP
ジュネーブ・シールの紋章とは、ジュネーブ州の紋章そのものです。
紋章の左側に描かれているのは鷲で、これは神聖ローマ帝国の象徴であり、ジュネーブがかつて神聖ローマ帝国の影響下にあったことを示しています。
画像引用:ウィキメディア・コモンズ
鷲の冠が意味するのは、ジュネーブの自由と自治権です。
右側に描かれているのは金色の鍵で、これは天国の鍵として知られ、聖ペトロの象徴とされています。
ジュネーブはカトリック教会との深い関係があり、特に中世の頃には重要な宗教的中心地でした。
この鍵は、ジュネーブが宗教的権威と結びついていることを示しています。
ジュネーブ州の紋章はこの地域の歴史と文化、宗教的および政治的背景を反映しており、非常に象徴的なデザインになっています。
これらの要素が組み合わさることで、ジュネーブの豊かな遺産とアイデンティティも視覚的に表現されているのが印象的です。
ジュネーブ州の紋章は、歴史と伝統を重んじるジュネーブ・シールの象徴としておそらく最適だったのでしょう。
紋章の意味を知ることで、時計への信頼と愛着もより深まるのではないでしょうか。
まとめ
ジュネーブ・シールは、伝統的技法と美観(仕上げの美しさ)について特に厳しい基準を設けているムーブメント規格です。
ムーブメントの製造のすべてをジュネーブ州内で行うことも条件にしているため、認定を受けているブランドはロジェ・デュブイ、ヴァシュロンコンスタンタン、ショパールなど数えるほどしかありません。
2013年に新しいジュネーブ・シールが発足してからは、精度に関する基準も明確になってより信頼性が増したといえます。
認定を受けた時計には、その証としてジュネーブ・シールの紋章がムーブメントの受け(ブリッジ)やケースに刻まれています。
どれも数百万円の高額な時計ばかりですが、希少性の高さも折り紙付きなので、ぜひ理想のジュネーブ・シール認定ウォッチを探してみてはいかがでしょうか。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年